大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)1103号 判決

上告人

株式会社幸福相互銀行

右代表者

頴川徳助

右代理人

毛利与一

島田信治

増井俊雄

被上告人

大谷重工業株式会社

右代表者

大谷米太郎

右代理人

田中藤作

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人毛利与一、同島田信治、同増井俊雄の上告理由第一点について。

被用者のなした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合においても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その行為の相手方が右の事情を知りながら、または、少なくとも重大な過失により右の事情を知らないで、当該取引をしたと認められるときは、その行為にもとづく損害は民法七一五条にいわゆる「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」とはいえず、したがつてその取引の相手方である被害者は使用者に対してその損害の賠償を請求することができないものと解するのが相当である。

ところで、原判決の確定したところによれば、昭和三〇年一二月二二日、当時上告銀行の南田辺支店長であつた木村仁郎と被上告人との間で行なわれた本件の取引は、上告銀行がみずから被上告人に対し資金の貸付ないし手形の割引をするというのではなくして、右木村が、被上告人の依頼により、第三者たるある会社が同じく第三者たるその取引銀行に対してもつている手形割引の枠を利用して、被上告人振出の本件手形を割引いてもらうことの斡旋を引き受け、そのために右手形を預かつたというのであり、しかも右木村は、上告銀行の内規、慣行に反して右取引をなし、これにつき支店長代理にも相談せず、本店にも報告しなかつたというであるから、右取引における木村の行為は、上告銀行の南田辺支店長としての職務権限内において適法に行なわれたものとは到底いえないのみならず、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律三条、九条にも違反する疑いのある行為であるといわなければならない。

また、原判決は、被上告人は右木村仁郎から、上告銀行がみずから手形割引をするのではなくして、第三者による手形割引の斡旋をするにすぎないことを告げられながら、これを承諾して被上告人振出の本件手形を交付したものであること、右手形はいずれも融通手形にすぎなかつたところ、被上告会社およびその子会社である大洋物産株式会社の関係者と右木村とが通謀して、右大洋物産株式会社に裏書をさせ商業手形としての体裁をそなえさせたこと、被上告人は本件の取引より以前には上告銀行南田辺支店とは全く取引関係がなく、かつ、右手形はその額面合計額が金三、〇〇〇万円にも達する高額のものであつたにかかわらず、被上告人は、右取引につき、右木村から約定書の差し入れ、担保物の提供等は全然要求されなかつたこと。さらに右取引については、被上告会社の常務取締役(経理部長)であつた大谷こと中村勇、その経理課長であつた林繁雄が直接右木村と折衝していること、をそれぞれ認定している。これらの事実を総合して考察し、ことにその職務上金融取引につき相当の知識と経験とを有するものと推認される被上告会社の常務取締役(経理部長)および経理課長が直接右取引に関与していることを考えると、本件取引に当たつては、その相手方たる被上告人の側においても、右取引における木村の行為が上告銀行の南田辺支店長としての職務権限を逸脱して行なわれたものであることを知つていたか、または、重大な過失によりこれを知らなかつたものと認めるべきではないか、との疑問が生ずるのを禁じえない。

そして、もし右の点を肯定的に認定することができるとするならば、かりに本件の取引行為が外形上上告銀行の事業の範囲内の行為に属するものと認められるとしても、なお被上告人は、右木村の使用者たる上告人に対して、本件取引行為にもとづく損害の賠償を請求することができないものといわざるをえない。

しかるに、原判決は、右の点について確認することなく、たやすく被上告人につき上告人に対する前記損害賠償請求権の存在を認め、これにもとづいて被上告人の本訴請求を認容したものであるから、原判決は民法七一五条の解釈適用を誤り、ひいては審理を尽くさない違法をおかしたものといわなければならない。したがつて、原判決のこの点に関する違法を主張する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人の右損害賠償請求権の存否を確定するためには、なお事実審理を必要とするから、本件を原審たる大阪高等裁判所に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田 誠)

【上告理由】

第一点 原判決には民法第七一五条に違背している違法がある。

一、原判決が認定した一連の事実は次のとおりである。

(1) 訴外山崎規男は被上告人に対し、上告銀行の「南田辺支店はいわゆる導入預金(預金元帳に載せず、銀行が裏利を支払うこととして受入れた預金)六、〇〇〇万円をもつているから日歩八銭で借りるようすすめ、その躊躇するや、控訴人名義で金三、〇〇〇万円の手形を振出してくれるならば、被控訴人の南田辺支店でその手形を日歩四銭で割引いて貰えることになつた、しかし、急いで借受の約束をしないと同南田辺支店としては預金者に支払う裏利の工面に困つていると暗に急いで借受契約をしないと導入預金を預金者に返還するかも知れないかの如き言をにおわして借受契約の締結をせかし」たこと(原判決五枚目表九行目以下)。

(2) 昭和三〇年一二月二一日、被上告会社の「経理課長林繁雄、大洋物産経理課長安田喜代己は同支店(引用者註・上告銀行南田辺支店のこと)に行き、手形割引金は手形と引換に貰えるかを質したところ、同支店長は手形は被控訴人が割引くのではなく、ある会社がその取引銀行にもつている手形割引の枠内で割引くのであるから、手形は一旦預けてもらわなければならないと答えたこと、同日同支店長は南田辺支店において控訴人の常務取締役大谷勇に対し同支店には資金の準備がないが、ある会社のその取引銀行にもつている手形割引の枠を利用して割引くものであるため手形と引換に現金を渡すことはできない、しかし、そのときは支店長名義の預り証を発行し、手形を第三者に渡すようなことはしない、手形の割引期限を手形受領後二日以内とし、かつ、同期限までに右の趣旨にそつて割引ができない手形は直ちにこれを控訴人に返還すべき旨約したこと」(原判決六枚目表九行目以下)。

(3) 翌二二日、被上告会社振出の二〇〇万円の手形一五通を上告銀行南田辺支店に持参し、木村仁郎に渡したが、「右手形はいずれも融通手形であるのを木村仁郎、被控訴人及び大洋物産が相通じて、大洋物産において裏書をなし、商業手形の体裁をそなえたものであること」(原判決の理由の冒頭)。

(4) かように、被上告会社と「木村支店長との間において被控訴人自身が割引くという手形割引契約が締結されたことを認めるに足る証拠がないばかりか、前記のとおり、木村支店長が控訴人振出の右約束手形一五通を他で割引くことの依頼をうけてこれを承諾したものと認めるのが相当で」あり(原判決九枚目表六行目以下)、それは「割引の斡旋を引受け」(原判決一一枚目表七行目の表現)たことであること。

(5) また上告銀行の側からいつても、「融通手形の割引は被控訴人はしない建前になつていること、控訴人は被控訴人南田辺支店とは本件割引契約まで全く取引関係をもたず、かかる初参の客から手形の割引依頼をひきうけることは被控訴人としてはしない建前であること、手形(商業手形)の割引料は相互銀行である被控訴人は大蔵省の指導で日歩三銭二厘以上はとれないこと、木村支店長は右約束手形の割引の引受について当然相談すべき立場にあつた同支店長代理享保正に相談しなかつたばかりか、被控訴人本店にも報告しなかつたこと、銀行取引において預金の限度を超えて割引くときには、担保物を提供させ、取引約定書をかわして後なす建前になつているのに、本件においては、このような手続が全然なされていないこと」(原判決一〇枚目裏四行目以下)。

(6) かようにして木村仁郎の預つた手形は同人から「大洋物産株式会社大浦清徳」こと山崎規男(原判決五枚目裏七行目前後)に交付され、山崎から木村に対しては山崎の偽造した大洋物産の中島貫名義の預り証が交付されたこと(原判決七枚目裏三行目以下)。

二、右によれば、原判決は、「被上告会社は当初はいわゆる導入預金により上告銀行自身が特殊な闇金融をしてくれるのだという認識でいたが、やがて、木村自身に会つた結果、手形を割つてくれるのは上告銀行でもなく、支店長木村仁郎もたゞ割引の斡旋をしてくれるにすぎないのだという風に、認識を改めたものである旨」を確定していることが明らかである。そしてその割引先に対する体裁ということで、被上告会社自身、木村や大洋物産と一体となつて、商業手形を装うべく無用の裏書という手のこんだ細工をまでしているというのである。しかもそれも、当然のことながら、銀行内部には極秘であり、支店長代理ですら知らなかつたというのである。原判決はこのような事実を認定しながら、なおかつ「木村支店長が前記約束手形一五通の割引の斡旋を引受け、且つ、これ等約束手形を山崎規男に引渡した行為は、被控訴人の業務の適正な執行行為ではなく、被控訴人の内規、慣行に違反してなされた行為ではあるが、なお木村支店長は右手形割引の結果、その割引金を同支店に預金して貰えるものと考え、被控訴人の利益のためになしたものであるから、広義においては、相互銀行法二条にいわゆる『手形割引及びこれに付随する業務』の職務範囲内の行為と認むべきである」(原判決一一枚目六行目以下)としている。

三、しかしながら、いつたい、銀行員が、特定の会社の依頼により、ある金主がその取引銀行にもつている手形割引の枠により右会社の手形を割引いてもらうべく交渉するという行為、そして相手に手形の現物を吟味してもらうため二日の期限つきで振出人からその手形を預るという行為が、果して「銀行業務」としての外観を備えているといえるのであろうか。いいかえれば、世間の人は銀行というところはそのような仕事をまで扱つているところだと考えているというのであろうか、銀行は手形ブローカーではない筈である。出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(昭和二九年法律第一九五号)は、銀行員が右のような手形割引の媒介をすることを懲役刑をもつて禁止している筈である(同法第三条・第九条・第一一条)。しかるに原判決はいう。「これ等約束手形の割引の斡旋にあたつては、木村支店長としては、その所属の南田辺支店の調査機関の総力を結集して、前記割引先、山崎規男の身許等について普通以上の詳細な調査をなすべきである」と。何かの勘違いではないのであろうか。

四、かように、前記木村の手形授受等を含めた本件一連の行動は、如何なる点からしてもとうてい銀行の「事業ノ執行ニ付キ」なした行為としての外観を備えていたとはいえないのであり、むしろ逆に、銀行員のなすべからざる行為として罰則をもつて禁止されている犯罪行為たるの外形の明らかな行為でさえあつた。原判決は訴外木村仁郎は「その割引金を同支店に預金して貰えるものと考え、被控訴人の利益のためになしたものであるから、広義においては」なお銀行業務の範囲内であるともいわれるが、そもそもこの事実認定自体すでに甚だしく経験則に反するものであるのみならず(後述)、仮にそのような動機も多少混在していたというのが事実であつたとしても、そのことの故に、本質的に犯罪であるような行為が変じて銀行の業務行為となるわけのものでは決してない。如何なる広義の解釈をもつてしても、例えば預金を期待して選挙違反の手伝いをし、或いは預金を条件として賭博の場所を提供する等の行為が銀行の業務行為となりえないのと同様である。

五、以上要するに、本件は、被上告人が、話は闇の割引であるとの認識を十分もつた上で、敢えて支店長の小遣稼ぎに便乗し、うまい割引の斡旋をうけようとしたケースであつた(前記一の(2)及び(3)の事実認定御参照)。だいゝち、初参の客との間で三千万円もの約手の無担保の割引を話すということだけを考えても、すでに尋常の話ではないことは歴歴である。結果は手形ブローカーの詐欺の餌食となつたわけであるが、そのような失敗はお気の毒ではあつてもいわば自業自得、身から出た錆というべきである。それをしも銀行業務の範囲内であるとし、零細な預金を預る銀行の資金で後始末して、失敗者に損のないようにせよといわれる論理は果して如何なものであろうか。民法第七一五条に違背すると主張する所以である。<以下略>

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